過去日記6


昨日の黛を濃うせよ草は芳しき(東洋城)は、最終的には、胸深く母の椿が咲いている(山本冴子)になるのよねえと思って今日は萌えてた。
俳句は、高井几董のメルヘン妖怪趣味も、木下夕爾の青春性の香気の高さも好きだけど、山本冴子の、あの世とこの世が一続きな感じも好き。
じきにゆく鬼籍ひまわりの種もって、とか、死後も故郷の山あり青き風駈ける、とか、まだ土葬だった頃の土の匂いが濃い感じ。
駈けるの漢字が駆けるじゃなくて駈けるなのがいいよね。

母方の実家は何十年か前までは普通に土葬だったから、山のお墓に遺体を埋めていて、だからお葬式の流れがよそと違う。

通夜

家で一回読経(たぶん昔はなかった)

六尺の者(娘婿たちが務める)が棺担いで出棺(昔のまま)

焼き場で荼毘にする(昔はなかった)

一度家に帰ってからお寺まで行列してお骨を運んでまた読経(たぶん昔は出棺したらそのまま行列してお寺に来て読経だった)

終わったらお骨を墓に入れる(葬式当日に納骨)

っていう、土葬時代の葬儀の流れに焼き場を無理やり突っ込んだ感がすごい葬式で、ところどころに昔の風習があるのがいい。
・六尺の者は一本箸でお供えの仏前飯みたいなのを食べる
・身内の女は尼のかっこうする(白のおこそ頭巾をかぶるだけ)
・行列のところどころに青、赤、白、黒、黄色の龍の頭みたいなやつ(獅子舞の頭みたいな)をかかげる(四神+黄龍的な感じで魔除け?)
・村と寺の間にある川を渡るときに米と酒を橋の手前に供える(この川が境界で、川のこっちは村の人の家、向こうは墓地と寺と鎮守の土地)
・寺の周りを行列して三回回る(死者が帰ってこないように)
みたいな。

だから実際には荼毘にしてるけど、感覚的には土葬のままというか、死んだら境界の川を渡って神様の土地の仲間入りをする感じ。
それで冬には山に雪が積もって、春になったら雪解け水が川から田んぼに注いで、雪解け水と一緒に山の神様も田んぼに来て、秋の稲刈りが終わったらまた山に帰っていくみたいな、そういうエターナル。
それがつまり死後も故郷の山あり青き風駈けるっていう、その青き風は自分より先に死んでいった村の人すべてで、そして死んだ後の自分でもあるっていう、そういうエターナル。

だから鬼籍に入るときはひまわりの種を持って行くっていうのは、幻想的なイメージ俳句っていうより、土葬の匂いがする感じ。
風の古道では古道に選ばれた人は死んだら古道の木になってて、そのための種を古道が死期の迫った人に与えてくれるって話だったけど、山本冴子の俳句は女性的というか、大樹じゃなくてお花なのがいいよね。

折笠美秋の、パン屋へは二百歩銀河へは七歩とか、人ひとり死ぬたびひとつ茱萸灯るとか、この世にありながらこの世の外に魂を遊ばせてるみたいなのも好きだけど、最近は山本冴子の土の匂いの濃さがしみじみ好きで、年取ったなあと思うよね。
おわり。