過去日記23


無宿ごろつき青年と無愛想人形少女の心ときめく(私の心が)交流もいいけど、すっかり身内になった二人もいいよね~。

そうなると舞台は江戸から地方になるから東西遊記とか北越雪譜とか奇談異聞辞典が活躍するよ!
以下は私が家に帰ってから読み返してニヤニヤするためのメモ。あとで読み返すとき便利がいいように適宜改行した。

◆絵本百物語より

第七 野宿火

きつね火にもあらず草原火にてもなく
春は桜がり秋は紅葉がりせしあとに
火もえあがり人のおほくさわぎうた唱ふ
声のみするは野宿の火といふものならん

田舎道は更にて街道山中抔いづこにもあり
誰が焚捨たるとはなしに人なき跡にほとヽヽと然え上りては消きえては又もゆ
したじ焚しめたるほむらの消ては然るを野宿火と云
乞食の暁起出たる跡遊山に人の去たる後何れもものすごし
雨の後抔に然立たるを木の間がくれにみれば人のつどひてものいふさまなどにことならず
哀に物すごくしてすさまじきものは野宿火也

◆植物妖異考より
続古事談
 昔摂津国富原と云所に翁ありけり
 家の前なる梅木夜々光けり

〔大和本草
 陰湿の気あるものは皆夜光有、山茶花(ツバキ)朽れば夜光ると云。扁柏を土に入ること数年にして出すときは夜青光あり。湿気去れば光無。

◆民俗學辭典より

山小屋 ヤマゴヤ
 山で働く者が臨時の住処として建てる小屋。秋田・青森両県でケトといい、モリヤというところもあるが、イホという古い言葉も奈良県吉野郡天川村などで使われている。
 マタギが狩猟の根拠地とする狩小屋、焼畑作りの場合などに建てる作小屋、また炭焼小屋、木こり小屋などの種類があつて、建て方に一定の作法のあるところもすくなくない。
 山の神を祭つていることが多いが、女を近づけないとか、謡曲や口笛を禁ずるなどの禁忌もやかましい。殊に普通の里言葉を避けて猿をキムラ、蛇をナガムシなどという、いわゆる山言葉を使うのが山小屋生活ではむしろ通例である。

山人 ヤマビト
 山奥には往々鬼の子孫もしくは神の末と称されて気質・慣習を異にした部落が見られる。東北地方のマタギ部落なども祖先の異色ある物語を伝えている。
 近世各地の記録にも、山中で異様な人に遭つたとかその姿をみたとかいうものが多く、それらを総合してみると必らずしも幻覚とのみはいいきれない。山男とか山女というものがそれで、その内には常人であつた者が、意識的にまたは発狂状態で放浪した者もある。
 とくに山中に入るものに出産前後の女性が多かつたらしく、その原因には生理的なもののほかに隠れた信仰もあつたようである。それが山姥の話のもとらしく、山姥が子を育てた金時の話の原型や、マタギ伝説に見える山中誕生の説話にはこうした問題も顧慮されねばなるまい。
 しかし原住民かと思われる異人の話も少なくはなく、彼らの多くは色が白く背が高く、顔が赤く裸体で、言語は通じないが凶暴な性質ではない。九州山地・赤石山地・北上山地などがそれを見た話の多く分布する土地である。

北越雪譜より
泊り山の大猫

 我が隣駅関にちかき飯士山に続く東に、阿弥陀峯とて樵する山あり。村々持分ンの定あり
 二月にいたり雪の降止たる頃、農夫ら此山に樵せんとて語らひあわせ、連日の食物を用意しかの山に入り、所を見立て仮に小屋を作り、こヽを寝所となし、毎日こヽかしこの木を心のままに伐とりて薪につくり、小屋のほとりにあまた積おき、心に足るほどにいたればそのまヽに積おきて家に帰る。これを泊り山といふ。山にとまりゐて事をなすゆゑ也
 さて夏秋にいたれば積おきたる薪も乾ゆゑ、牛馬を駆ひて薪を家に運びて用にあつる也。
 雪ふかき所は雪中には山に入りて樵する事あたはざるゆゑの所為にて、我国雪の為に苦心するの一ツ也。

 右にいふあみだぼうには水なく、谷川あれども山よりは数丈の下をながる、翼なければ汲ことあたはず。こヽに年歴(へ)たる藤蔓の大木にまとひたるが谷川へ垂下がりたるあり、泊り山して水汲もの樽を背にくヽし負ひ、此ふぢずるをたよりとして谷川へくだり、水をくみてたるの口をつめて背おひ、ふたヽびふぢづるに縋りてのぼる、雲桟(くものかけはし)をのぼるさま也。
 とまり山をするもの、このふぢづるなければ水をくむ事ならず、なしや縄を用ふとも此藤の強(つよき)にはおよぶまじ。このゆゑに泊り山するものら、此蔓を宝のごとく尊ぶとぞ。

 ひとヽせ泊り山したるものヽかたりしは、ことし二月とまり山しヽ時、連のもの七人こヽかしこにありて木を伐りて居たりしに、山々に響くほどの大声して猫の鳴しゆゑ、人々おそれおのヽきみな小屋にあつまり、手にヽヽ斧をかまへ耳をすましてきけば、その声ちかくにありときけば又遠くに鳴、とほしときけばちかし。あまたの猫かとおもへば、其声は正しく一ツの猫也。
 されどすがたはさらに見せず、なきやみてのち七人のものおそるヽヽヽちかくなきつる所にいたりて見るに、凍たる雪に踏入れたる猫の足跡あり、大さつねの丸盆ほどありしとかたりき。

 天地の造物かヽるものなしともいふべからず。我が友信州の人のかたりしは、同じ所の千曲川へ夏の夜釣に行しに、人の三人もをるべきほどのをりよき岩水より半いでたるあり、よき釣場なりとてこれにのぼりてつりをたれてゐたりしに、しばしありてその岩手鞠ほどに光るもの二ツ双(なら)びていできたり、こはいかにとおもふうちに、月の雲間をいでたるによくみれば岩にはあらで大なる蝦蟇(ひきがへる)にぞありける。ひかりしものは目なりけり。此人いきたる心地もなう何もうちすてヽ逃げさりしとかたりぬ。

→参考:北国巡杖記「杣小屋怪事」

◆日本歳時記より
此月(陰暦二月)、韮を食へば大に益ありと千金方に見えたり。
兎を食へば神を傷る。
鶏子(鶏卵)をくらへば心をやぶる。
黄花菜及陳爼(古き漬物)をくらへば痼疾を発す。
梨子を食事なかれ、大蒜を食へば人をして気ふさがらしむ。
小蒜(にんにく)をくらへば人の志性をやぶる。
最生冷を食事を忌む。
又陰地の流泉を飲ことなかれ。瘧瘴を発す。
(月令広義、寿養叢書等にしるせり)

◆絵本百物語より
第卅八 恙虫

斉明天皇の御時、石見八上の山奥に、つヽがといへるむし有て、夜は人家に入りて人のねむりをうかヾひ、生血をすひて殺さるヽもの多し。博士某に仰付られ、此虫を封じさせ給ひしより、民間に其愁なし。是よりして無事なることをつヽがなしとは云けるとぞ。ある説には、悪しきことなしと云義を書きたがへて恙と云始たりと有。何れか然るや。

むかしつヽが虫というむし出て人をさし殺しけるとぞ
されば今の世にもさはりなき事をつヽがなしといへり
下学集などにも見ゆ

◆ツツガムシ病
ツツガムシに刺されてから数日で患部が腫れる。痛みや痒みはあまりない。
刺されてから1~2週間後に倦怠感、食欲不振、頭痛、高熱に襲われ、2日目頃から全身に数ミリの紅斑、発疹が出て、悪くすると死に至る。

越後・出羽あたりの風土病で死に至るとされていた。ツツガムシ病の原因となるツツガムシの幼虫は肉眼では見えず、古典的ツツガムシ病の発生時期は夏季。

◆虫封じのお札
そういうのがある

◆陰陽五行的


五時(四季+土用)…夏/五畜…羊/五悪…熱・暑
ツツガムシは羊に心と書き、夏に人を害し、熱をもたらして取り殺す。

水剋火の理を持ってこれを封じていたとすれば、土剋水の理で、封印の力が弱まった可能性がある。
一度目の死は春の土用。二度目の死は夏の土用。
この頃に土に属する棗の根付を持って山に入ったことで、封印の力を弱めてしまったのではないか。
二人は丑の生まれだった。

みたいなそういう。


春の土用(立夏の直前)に娘が失踪→第一の殺人
発覚が半月後くらい
その後依頼され、
夏の土用(立秋直前)に第一の殺人の犯人が山に入る
その後犯人の死